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SPECIAL特集

フランシス・ベーコン展

東京国立近代美術館、豊田市美術館

 

東京国立近代美術館で開催中の「フランシス・ベーコン展」(豊田市美術館に巡回)。20世紀を代表する、ダブリン生まれの画家・ベーコンの没後アジア初となる回顧展です。ベーコンにとって重要なテーマであった『身体』に焦点を当て、33点の作品が集結。日本国内の美術館に所蔵している作品が一堂に会する、とても貴重な機会でもあります。

今回、ベーコンの研究者であり、ダブリン市立ヒュー・レーン美術館のコレクション統括として活躍するマルガリータ・カポック氏にベーコンの魅力、そして同館に移設されたベーコンのアトリエについてお伺いしました。


――まずは、本展をご覧になった率直な感想をお聞かせいただけますか?

「初期の作品からアイコニックな三幅対、ゴッホの肖像にスフィンクスまで、全てが網羅されていて、ベーコン愛好者にとっても彼を知らなかった人にとっても素晴らしい機会だと思いました。それに、ベーコンの影響を受けた日本の舞踏家が紹介されていたのも興味深かったですね。今回紹介されている土方巽氏ではないですが、舞踏家の田中泯氏もベーコンの信奉者で、ダブリンにある私たちの美術館まで彼のアトリエを見に来てくださったことがあるんです。日本との関わりが、日本の皆さんがベーコンとのつながりを感じる手助けをしてくれるのではないでしょうか。」

――ロンドンにあったベーコンのアトリエをダブリンのヒュー・レーン美術館に移設したのは、カポックさんの大きな功績です。

「1998年に始まり、2年をかけて行われた大がかりなプロジェクトでした。考古学者を含めた3人のメンバーとチームを組んで、本やドローイングからゴミに至るまで、文字通りそこにあった全てをそのまま移設したんです。その過程での発見は、ベーコン研究を飛躍的に前進させました。私たちのほかに、英国内外のいくつかのギャラリーも候補に挙がっていましたが、最終的にベーコンの生地であるダブリンに決まって正解だったと思います。英国人ではありますが、16歳までを過ごしたということで、アイルランドでは切手にもなったほど人気の画家。移設から10年以上が経った今も、アトリエは人々を魅了し続けています。」

作品、アトリエから垣間見る、ベーコンの人間性

――写真で見る限り、かなり雑然としたアトリエですが……。

「まさにカオスですが、その中にも彼なりのルールがあるんですよ。写真や本など、彼が描く際の資料となる大切なものは全て作業スペースの真後ろに積まれ、手の届く範囲に置いていたことが窺えます。時には掃除もしていた跡が見受けられるので、きれいにした後にまたあの状態に戻していたのでしょう。それに彼は、アトリエ以外の場所はとてもシンプルに几帳面に保っていました。キッチンの中にあえて浴槽を置いていたりと、やはりエキセントリックなところはありますけれど(笑)。」

――生前は描かないと言っていたドローイングが発見されたりと、制作現場の公開によって本人の意図しない部分までも人目にさらされるようになりました。ベーコン本人は、公開されることを望んだと思われますか?

「ドローイングについては、確かに作らないと言っていましたが、公然の秘密のようなものなんです。ベーコンが敬愛していたミケランジェロやジャコメッティらのドローイングと違って、彼のはただアイデアを素早く描きつけただけで、サインも入れていないもの。自信がなかったというか、公言するようなものではないと思っていたようですが、親しい友人にプレゼントしたりはしていたので、存在することは以前から知られていました。ただ、アトリエの公開を本人が望んだかどうかといったら、答えはノーでしょうね(笑)。自分の創作の源をさらすことを好むアーティストはいないと思います。でもまあ、それが学者やキュレーターの仕事ですから(笑)。」

――作品のみならず、同性愛者であったり、アイルランド独立運動をアイルランドと英国の両側から体験していたりと、その人生もとても刺激的です。そうしたことは、作品に影響を与えていると思われますか?

「明らかに与えています。男性のヌードへの執着は当然ながら同性愛者であったからでしょうし、作品の中にある暴力的な側面には、彼が独立戦争や世界大戦を経験し、暴力を目の当たりにしたことが反映されています。でも彼は自分自身でも言っているように、人生に対しては楽観主義者だった。暴力のむこうに、美を見ることができる人だったのではないでしょうか。もう一つ、恋人がいても、その関係が永遠とは無縁の不安定なもので、孤独であったという事実もまた、作品に大きく影響していると思います。」

好きであれ嫌いであれ、必見の絵画作品

――ベーコンを絵画へと駆り立てたものは一体何だったのでしょう?

「一つには先ほど言った通り、男性のヌード、人間の身体への執着があると思います。そしてベーコンを語る上では、彼が生身の人間ではなく写真を元に描くことが多かったことがとても重要。そこから考えると、写真が発明されたことで、画家である自分自身がある意味で不要になったように感じ、何か別の意義を見出さなくてはという思いに駆られていた部分もあるのではないでしょうか。だからこそ、現実をそのまま写すのではなく、独自の表現方法を用いたのだと思います。ベーコン本人の言葉を借りれば、“感情のバルブのロックを外す”ような。」

――本能に訴えかけたいと言う一方で、展示の際は金の額縁に入れてガラスで隔てるよう指示するなど、作品と鑑賞者との間に距離を作りたがっていたようにも見えます。

「ガラスがあることによって、私たちは作品と共に自分自身の姿を目にすることになります。そのようにして人々を巻き込むこと、人々が自身の影と戦うことを、彼は望んでいた。見る者をからかっているようなところがあったのかもしれませんね。」

――最後に、カポックさんにとってベーコン作品の魅力とは?

「彼の作品を最初に見た時は、私もおそらく多くの方がそうであるのと同じように、暴力性を感じてショックを受けました。好きであれ嫌いであれ、目が離せなくなり、心が動かされずにはいられなくなるのは、ベーコン作品の特徴でもありますから。でも多くの作品を見てきた今は、ただただ美しいとしか思わないんです。テクニックは独学ですが、色への理解と使い方が見事ですし、人間の身体への視線とその抽出方法はまさに彼にしかないもの。それにアトリエをつぶさに見ていると、多くのものから驚くほどたくさんのことを吸収し、それを彼ならではの表現に還元した、とても知的な画家であったことも分かります。人間の特徴を捉え、キャンバスを通じて伝えるのはとても難しいことですが、彼はそれに成功した稀有なアーティストだと思っています。」

(文/町田麻子 通訳/東海林慎太郎)


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