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SPECIAL特集

田中一光とフジエテキスタイル

21_21 DESIGN SIGHT「田中一光とデザインの前後左右」

 


来年1月20日まで、東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTにて開催中の「田中一光とデザインの前後左右」。グラフィックデザイン界の巨匠の軌跡を辿るこの展覧会は、日本における“デザイン”という概念の受容と展開を物語るものにもなっています。各ジャンルのデザイナーが垣根を超えて結びついた1970年代、彼らにとって、いわば“たまり場”のような存在になっているギャラリーがありました。今回は、その「ギャラリー・フジエ」の母体であり、田中らのパイオニア精神を受け継いで今も発展を続けるテキスタイルカンパニー、「フジエテキスタイル」に注目します。

田中一光の多様な表現が堪能できる展覧会

デザインという外来語が今、こんなにも幅広い意味を持つ言葉として使われているのは、黎明期にその中心にいたのがこの人だったおかげかもしれない──「田中一光とデザインの前後左右」は、見終わるとそんな思いにとらわれる展覧会です。田中一光(1930~2002)が手掛けた仕事は、ポスターからエディトリアル、フォント、企業ロゴ、それに色紙の色の選定まで、実にバラエティ豊か。時にはアートディレクターとして、人と人との出会いを“デザイン”することもありました。

居並ぶ作品群は、数十年前に作られたものも含めて、現代のデザイナーが見ても素直にかっこいいと感じるであろうものばかり。それは田中の作品が、戦後の様々なジャンルで見られたような西洋の物まねではなく、日本人の美意識に根差して作られていたからに違いありません。日本美術、それに古典芸能や茶の湯などの文化にも造詣が深かった田中の作品では、琳派の“鹿”をはじめとする伝統的なモチーフが、ごくスタイリッシュに用いられています。

粟辻博が結んだ田中一光とフジエスタイルの縁

企業のロゴタイプや、商品や店舗空間までも含めた総合的な企業イメージをデザインするアートディレクターとしても名高かった田中。今回の展示室の一角には、今も日常的に目にする企業ロゴの数々が並ぶテーブルがあり、その中に「フジエテキスタイル」もありました。また、もう一つの展示室には、田中による同社の見本帳も展示されています。

田中とフジエテキスタイルの冨士榮良治社長(現会長)は、世界的テキスタイルデザイナーの粟辻博(1929~1995)を介して知り合いました。京都で代々続く織物業の家に生まれながら、戦争のため廃業を余儀なくされた冨士榮氏は戦後、単身上京して「フジエ織物」を創業。“図案家”はいても“テキスタイルデザイナー”はなかなかいなかった当時、自らあちこちの展覧会を見歩いていた冨士榮氏が一目で気に入り、その場で声をかけたのが若き日の粟辻でした。粟辻はその後、数十年にわたって同社のトップデザイナーとして活躍。そのブランド「ハートアート」は、70年代のインテリア業界を席巻しただけでなく、今も復刻され同社の核の一つとなっています。

田中と粟辻は、学生時代からの親友。1967年、フジエ織物が見本帳を作ることになった時、そのデザイナーとして粟辻が田中を推薦したのは自然の流れでした。1971年、社名を「フジエテキスタイル」へと変更したことにも、ロゴのデザイン上その方が良いという田中の提案が影響していたそう。新らたなロゴ、新たな見本帳、新たな社屋、そしてその3階に設けられた「ギャラリー・フジエ」、すべてのデザインに田中が携わり、両者の関係はますます深まっていったのです。

受け継いだものと、さらなる可能性

「ギャラリー・フジエはデザインとアートの登竜門となる場所。田中さんの主催で、粟辻博さん、黒田征太郎さん、小池一子さん、北原進さんが参加し、5人のコミッティーが運営していました。倉俣史朗さん、それに三宅一生さんや浅井慎平さんに…あの頃のギャラリー・フジエは、そんなビッグネームが訪れる場所でした」。フジエテキスタイルの山本信比古取締役はそう振り返ります。「会長は、工場でも問屋でも輸入販売の商社でもなく、テキスタイルを自ら“デザイン”して生地をつくるという、それまで日本に存在しなかった会社を設立しました。新しいことに挑戦する精神が、当時のクリエイターたちの共感を呼んだのかもしれません」。ほかにはないものを真剣につくるという冨士榮氏や田中、粟辻らの姿勢は、現在のフジエテキスタイルのデザイナーたちにも受け継がれている大切な原点。インテリアの分野において、デザインといえばフジエテキスタイルという定評を得ているのも、変わらぬ理念があってこそです。

田中とフジエテキスタイルにもう一つ共通するのは、日本人の美意識に根差しているところ。「インテリアをテキスタイルで飾るという発想自体、窓やベッドのある洋風の住宅ありきのもの。でもその中で日本人が落ち着いて暮らすためには、やはり“和”の中にあるシンプルな美しさを取り入れる必要があると思うんです」と山本さん。一方で、インテリアに対する姿勢には、まだまだ西洋に学ぶことが多いと言います。インテリアのコンセプトをトータルで考えて、それに合わせて生地を買っていろいろなものをつくる習慣のある西洋に対して、日本ではカーテンはカーテン、ベッドカバーはベッドカバーという別個の商品だという考え方が、インテリア業界内でも根強いのだそう。

生地を自由に選んで組み合わせて、生活空間をつくる楽しさを知ってほしい──そんなフジエテキスタイルの願いのこもった場所が、全国7か所にあるショールームです。「我々の仕事は生地をつくって提案するところまでで、どう使うかはユーザー次第。大袈裟にいえば、この生地でスカートをつくってみたい、と思う方がいてもいいんですよ(笑)。新築や改装の具体的な予定がなくても、ぜひ気軽に遊びに来て、そこから夢を膨らませていただきたいですね」。実際に訪れてみたショールームは、一つひとつ個性の異なる生地が無数に並んでいて、まるでギャラリーのよう。“夢が膨らむ空間”に、一度足を運んでみてはいかがでしょうか?

フジエテキスタイル公式サイトはこちら

文/町田麻子


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