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SPECIAL特集

没後120年 ゴッホ展―こうして私はゴッホになった―

国立新美術館

 

フィンセント・ファン・ゴッホ。
美術に興味のない人でも、その名前を知らない人はいない――それほど日本でも知られた存在。多くのファンを持ち、評価され、その作品に行列ができる画家のひとりです。しかし、私たちはゴッホの人生、その絵画表現をどれほど理解しているのでしょうか。没後120年をむかえる2010年、約120点の作品から、ゴッホという数奇な運命を辿り、名作を生み出した芸術家の誕生の謎に迫る展覧会がはじまります。

100年後でも、人々に愛され続けるゴッホの魅力

ゴッホが亡くなる1ヶ月ほど前に、妹宛に出した手紙にはこう記してあったそうです。

「ぼくは100年後の人々にも、生きているかの如く見える肖像画を描いてみたい」

まさにその100年後を意味する現在、ゴッホは海を越えた日本でも多くの美術ファンから支持される巨匠として確固たる地位を築いています。まさにゴッホの肖像画、とりわけ「自画像」は高く評価され、感動を呼ぶ作品であります。ゴッホ自身が“生きているかの如く”、色褪せない魅力を放ち続けています。

本展では、オランダにあるファン・ゴッホ美術館とクレラー=ミュラー美術館というゴッホの作品の2大コレクションを誇る館の全面協力により実現しました。とくにクレラー=ミュラー美術館は美術品愛好家であったクレラー・ミュラー氏の個人コレクションが骨格となっている美術館。20世紀最大級ともいえるそのコレクションの核であるゴッホの作品が多数出品されています。

本展のテーマである“こうして私はゴッホになった”という、画家・ゴッホの誕生に迫る展示では、ほぼ独学というスタイルで成長したゴッホに迫ります。初期の作品に対する創意工夫などにも焦点を当てています。そして巨匠たちの作品を模写することで腕を磨き、影響を受けた作家たちの作品もあわせて紹介しています。ゴッホなりの理論的な思考がうかがえる分析結果もあわせて展示しています。

大きな変化を遂げた、パリに渡ってからのゴッホ


私たちが慣れ親しんでいるゴッホの作品は主にパリに住み始めてから晩年までの時代に制作されたものが多く、展示の中盤~後半にかけて、ゴッホらしいダイナミックな構図とタッチの、迫力溢れる作品が並びます。

パリに渡ったゴッホは、印象派の画家たちとも交流をもつこととなり、たくさんの影響を受けていきます。そして誰とも似ていない、自己流の画風に行き着くのです。モネ、ピサロ、シスレー、スーラ、ロートレック……彼らの作品とともに、パリで大きく変化を遂げた、ゴッホの作品に注目です。

そして本展での見どころのひとつとして、1888 年2月、アルルに移ったゴッホが確立した、独自の様式の象徴ともいえる作品《アルルの寝室》があります。今回、TBSのドラマ美術スタッフにより、この部屋の再現も展示されています。思ったよりも小さくて物がたくさんある、まるで現代の一人暮らしのような部屋の様式。実物大で堪能することができます。

晩年のゴッホ、そのすさまじい作画の世界観

ゴッホを語る上で欠かせない、色彩や筆致、技法……それらはアルルで確立されたものを晩年まで描き続けていきました。有名な事件として語り継がれている右耳を剃り落とした出来事から、安泰の地を求めたゴッホ。しかしその精神は次第に不安定になっていきます。

それでも描くことをやめることはありませんでした。精神とは逆に、その時代に描かれた作品には名作も多く、見る者の心を揺さぶる衝撃をあたえます。

とくに晩年、サン=レミの療養院での生活の間に描いた作品は色彩豊かで勢いのあるものばかり。《アイリス》や《サン=レミの療養院の庭》は、会場でもひときわ輝きを放っています。

ゴッホの絵画には一環してブレのない核がいくつか存在します。そのひとつである「素描」というテーマも、貴重な作品で変遷をたどることができます。

そして、作品のなかにはゴッホの人物像が垣間見えるポイントもいくつか存在します。キャンバスの再利用をした結果がⅩ線写真で確認されている《ビールジョッキ》、ゴッホ自身のものとされる指紋が確認できる《セーヌの岸辺》などの作品にも注目してみてください。

ゴッホをもっと知り、ゴッホの魅力を再認識するまたとないチャンスです。


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