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SPECIAL特集

【イベントレポート】臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 特別展「禅―心をかたちに―」

其の二 “禅”入門編――山下裕二×山口晃 対談レポート

 

日本のみならず、欧米でも「ZEN」と呼ばれ、注目を集める禅。この秋、禅に関する過去最大の規模の展覧会が開かれています。これを機会に禅に触れてみませんか? 
今回は明治学院大学教授の山下裕二さんと画家の山口晃さんによる対談をダイジェストでレポートします。

国宝 慧可断臂図 雪舟等楊筆 室町時代 明応5年(1496) 愛知・齊年寺蔵 11/8~11/27展示

じつは、めちゃくちゃなことをやっている――雪舟

山下:雪舟の「慧可断臂図」と、白隠の「達磨図」。率直なところ、どっちが欲しい?

山口:雪舟です。いや、文化財に指定されていると管理に気を遣わなければならないので、白隠かもしれません。

山下:そうなんです。雪舟の「慧可断臂図」は国宝ですが、白隠の「達磨図」は国宝でも重文でもありません。雪舟は日本で一番有名な画家。一方、けしからんことに白隠は教科書にも名前が載っていません。
では、雪舟の「慧可断臂図」を詳しく見ていきましょう。壁に向かって坐禅をしているのは達磨です。手前で、達磨に入門を許してもらえなかった神光というお坊さん(のちの慧可〔えか〕)が、決意の程を見せるため、自らの腕を切り落としています。どうですか?

山口:最初に見たときはアクが強いといいますか、やり過ぎに思いましたが、不思議と後味がすっきりしています。

山下:たしかにインパクトは強いですよね。これを描いたとき雪舟は77歳で、よく見ると落款の字がヘロヘロです。そのため、この絵を雪舟の真筆ではないとささやく人もいて、近年まで国宝ではなく重文止まりでした。私は雪舟を専門に研究していましたし、そういった情けないところにこそ雪舟の本質が表れていると思っていますから、2002年に東博で雪舟展をやったとき、いろんなメディアで何故この絵が国宝じゃないんだと言いまくりました。そしたら数年後にめでたく国宝になったんです(笑)。

山口:びっくりです。

山下:それにしても人間の顔を真横から見て、こうは見えないです。山口君のご著書『ヘンな日本美術史』のなかでも、縷々述べていますよね。

山口:横から見ると目は、目じりから黒目に向かって開く“く”の字型になるはずですが、それをやりますと絵の圧が低くなってしまいます。だから、正面向きで描いているのだと思います。

山下:そして、慧可の餃子の皮のような耳はなんですか?

山口:横から見た場合、耳の穴が見えるはずです。これは、後ろから見た耳を描いたんじゃないかと思います。きちんとしたデッサンの絵にこの耳があると違和感があるのですけど、全体と響き合っているので、ちょうどいい表現になっています。耳は後方から、目は正面から、輪郭線は横向きからという具合に、三方向が一つの顔に集まっています。

山下:キュビスムですね。ピカソを先取りしてしまった雪舟、ということにしてしまいましょう。

山口: それと、この絵は大学で油絵科を出た者からしますと、やってはいけないことのオンパレードです。達磨の背中の外側に墨で隈取り(水墨をぼかして描くこと)がしてありますが、これをやると絵に奥行きが出ません。奥に続いているはずの地面が、手前の達磨に貼りついてしまっています。ただ、この隈取りをやらないと、絵の圧が高まらなくて、達磨の衣の白が、ただの白抜けに見えてしまうのです。だから、絵としては、この隈は正解です。

山下:そうですね。また、全体に曲線のリズムがあるなかで、地面の水平線はすごく効いていますよね。

山口:慧可の目のところから一番濃い墨の線で、ガンダムっぽく“ピピピピ”と水平線が出ています。

山下:私は、雪舟の絵を抽象に片足を突っ込んでいるとよく言います。何を描くという意識とは別に、二次元平面としてどう構成するかを本能的にやってしまう人だと思う。ある意味、世界初の抽象画家みたいな要素もあります。

後期展示の様子 左から 円相図 乞食大燈像 共に東京・永青文庫蔵、 慧可断臂図 大分・見星寺蔵 いずれも白隠慧鶴筆 11/8~11/27展示

脱力の境地――白隠

山下:白隠についてはどう思いますか?

山口:白隠の最初の頃の絵は上手く描こうという邪気が残っていますよね。それがどうも苦手でしたが、山下先生が監修した数年前の白隠展を見て、初めて白隠もいいかも、いや、素敵だなと思いました。

山下:これが後期に出る新発見の白隠の「慧可断臂図」です。

山口:慧可が腕を切る前ですね。

山下:「今から切るぞ」というところです。何故か慧可の頭がぼこぼこしていて、意味不明な建物の前に円窓があり、そのなかに達磨がいます。

山口:達磨の頭が円で切れていますから、丸を先に描いたのですね。

山下:なるほど、描く人はそういうことを見逃さないね。
こちらは、大分の萬寿寺の「達磨像」です。おでこのところに数本の線がありますが、達磨がバーコード頭なのではなく、これは残ってしまった下描きの線です。もう、ずれまくり。

山口:下描きしてまで、おでこから上が伸びる。何枚も描いているのでしょうが、下手に矯正されないところがいいですね。もっと上手くなってしまいそうなものです。

山下:若い時は上手く描こうとしています。そこから、いい意味でどんどん脱力して行く。この絵は、僕の考えでは83歳頃、亡くなる前の年くらいに描いたものです。雪舟の「慧可断臂図」は77歳の時、こちらは83歳の時の絵ですから、今日はスーパー老人対決だね。
しかし、白隠が描くと、達磨でもさきほどの絵の慧可でも、みんな同じ顔になります。記号化していますよね。

山口:そうですね。描くパーツは決まっていますが、そのうえで毎回違って即興性もあります。白隠のなかでは、毎回初めてなんですね。下描きがあっても、あらたな気持ちで描いてしまう。

山下:山口君にとって下絵と完成作の意識ってどういうものですか。

山口:下絵を描くと絵が硬くなります。下絵をなぞったものになるので、勢いが落ちて線が死んでしまうのです。下描きは、小さく、あたりぐらいにとどめて、なるべく本番の線が一回目のものになるようにしています。

山下:なるほど。そのへんの意識のありようは面白いですね。

山下:こちらは、白隠の「円相図」です。

山口:滲み方から考えて、相当じわじわ描いていると思います。

山下:この円に宇宙の心理があるとか、これこそ哲学だ、みたいなことを言って、スティーブ・ジョブズやジョン・ケージとか、外国人はやたらと円相を好みます。けれども、この絵の賛は「遠州浜松よい茶の出所、むすめやりたや、いよ茶をつみに」って、哲学とは全然関係ないことが書かれている。

山口:最新式のコンセプチュアルアートのようですね。言葉がまるで意味をなしていない。

山下:先日、円覚寺の横田老師にこの絵について話を聞きました。この賛は日常生活を表していて、絵全体で日常生活にこそ真理があるという意味になっていると。それも一つの解釈です。


展示の様子 達磨像 白隠慧鶴筆 江戸時代 18世紀 大分・萬壽寺蔵 通期展示
時間になっても終わらないくらい様々な話が飛び出した今回の対談。終盤では、なんと山口さんに、観客の前で色紙に達磨を描いていただきました(展覧会公式サイトで公開中)。そして、対談終了後、楽屋にて今回のイベントの感想をうかがいました。

山下:僕は美術史家という立場なので、山口君のような実際に絵を描く人と話すと、画家ならではの視点を感じることができるので、とても楽しかったです。

山口:雪舟「慧可断臂図」が、国宝に指定された経緯を聞いて、絵だけではなく人間関係が美術史を作っていくことが見えて、興味深く思いました。

山下:最後に、展覧会について一言。

山口:前半に禅僧の彫刻がいろいろありましたけど、剃られた頭は意欲をそそりますね。「ここからここのラインをすごく描きたい」ってムラムラ来ました(笑)。展覧会全体としては、禅僧の彫刻や肖像など厳格なものがありつつ、一方で白隠の絵のような良い崩れ方の絵もあって、その揺らぎが深みにつながっていて、楽しかったです。

山下:とても全体を指し示すことはできないくらい、いろんなものが出品されています。一回では見切れないと思った人も多いのではないでしょうか。盛りだくさんな展覧会ですので、是非後期にも足を運んで下さい。

文/藤田麻希


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