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SPECIAL特集

生誕三百年 同い年の天才絵師 若冲と蕪村

サントリー美術館

 

近世日本美術史に残る“1716年”

象と鯨図屏風 伊藤若冲筆 六曲一双 寛政9年(1797) MIHO MUSEUM蔵 【展示期間】3/18~5/10
今から数えで300年前にあたる1716年、近世日本絵画史に残る、二人の絵師がこの世に生を受けました。細密かつ大胆な筆致とあふれるユーモアで、昨今の日本美術ブームを牽引する伊藤若冲(享年85、1800年没)と、俳諧と絵画、二つの分野で不動の地位を確立した与謝蕪村(享年68、1783年没)です。奇しくも同年、京都では尾形光琳が逝去し、江戸では徳川吉宗が八代将軍に就任。1716年は、日本文化史を語る上で見落とすことのできない年となりました。

若冲は、京都にある青物問屋の長男として生まれ、23歳の時にいったん家業を継いでいます。いつから絵を習い始めたかははっきりしていませんが、40歳で家業を弟に譲り、隠居して画業に専念するようになりました。一方の蕪村は、大坂の農村の生まれ。20歳頃に江戸へ出て俳諧を学び、27歳の時、俳諧の師匠の死をきっかけに放浪の旅に出ます。およそ10年にわたる遊学の後、京都に移って本格的に絵を描き始めたのは、40歳を過ぎてからのことでした。

若冲の最晩年の屏風が東京に初お目見え

山水図屏風 与謝蕪村筆 六曲一双のうち右隻 天明2年(1782) MIHO MUSEUM蔵 【展示期間】3/18~5/10
同じ年に生まれ、ともに40~50代で画風を確立し、晩年に至るまで精力的な創作活動を続けた若冲と蕪村。そんな二人の足跡をたどる展覧会が、サントリー美術館で開催されています。二人が生きた京都画壇を幅広く紹介する第1章「18世紀の京都ルネッサンス」から、「出発と修業の時代」「画風の確立」などを経て、第7章「翁の時代」へ──。それぞれの新出作品を約20点ずつ含む全200点余という、質・量ともに見応えたっぷりの展示内容です。

なかでも圧巻なのは、蕪村の《山水図屏風》と、東京では初公開となる若冲の《象と鯨図屏風》の壮大なスケールの二作品が並ぶ第7章。《象と鯨図屏風》は若冲82歳、《山水図屏風》は蕪村67歳と、それぞれの最晩年に描かれた作品ですが、衰え知らずな両人の天才ぶりがはっきりと感じられます。一歩引いてじっくりと眺めても、近づいてまじまじと見つめても。そのエネルギーと迫力に、誰もが圧倒されることでしょう。

二人は徒歩10分以内の場所に住んでいた!

白象群獣 伊藤若冲筆  一面 18世紀 個人蔵 【展示期間】4/22~5/10
展覧会を見ていると、生まれた年以外にも、二人にはいくつかの共通項があることが分かります。まずは、ともに長崎から入ってきた、中国や朝鮮絵画の影響を受けているということ。また、若冲は「米斗翁」、蕪村は「夜半翁」と、晩年にはともに「翁」という署名を用いていたこと。そして最も特筆すべきは、蕪村が晩年に居を移してからおよそ20年の間、二人が同じ京都の四条烏丸近辺の、歩いて10分以内のところに住んでいたということです。

それでいて若冲と蕪村の間には、交友の記録がありません。共通の知人が多くいたことは確認されていますが、直接の交友関係を示す手紙や史料は、未だにひとつも発見されていないというのです。お互いの存在を知らなかったはずも、意識していなかったはずもないであろう二人が、なぜあえて“知らんぷり”ともとれる態度をとり続けたのか……。その答えは謎に包まれていますが、二人の作品を見比べながら、そんなことに思いを馳せてみるのも一興です。

奥の細道画巻(部分) 与謝蕪村筆 一巻 安永7年(1778) 海の見える杜美術館蔵 【展示期間】4/15~5/10

文/町田麻子


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